2007年11月29日
狭き門
たまにお店の案内とか、商品の案内を書くことがある私だ。
スタイリスト気取りで何の真似だと思われるかもしれないが、あれは恩返しのようなものだ。
こんな素敵なものが無料でもらえた。
こんな可愛いものがとても安価で買えた。
私はそれらをクリエイターからの恩恵だと思っている。
だから借りを返すために書いている。
個人的な借りがある時にも書く。この場合は感謝の証しだろうか。
あとは……見え見えのキャンペーン記事ね(笑)。課題だと思って書いてます。
最初は勝手がわからなかったけど、最近は私なりのアプローチで書いているつもりだ。だからちょっと時間かかるけど、ついでにお散歩できるし、一挙両得。
新着を見るとその話題でいっぱいになっているのが笑える。微笑ましいです。
これもソラマメ名物ってことで私は楽しんでる。
書きたくない人は書かなきゃいいんだし、どうのこうの言わず、みんなでトクすればいいじゃん。
さて、お店案内の話題に戻る。
安価でよい物を提供しているクリエイターが、SL内でそれなりの評価と報酬を受け取るのは正しいことだ。
どんどんメジャーになって正当な対価を得るべきなのだ。
でもお店の存在が周知されなかったら、ターゲット層の人がお店にたどりつくことができない。
私は物事が正しい方向に流れればいいと思って書いている。それだけだ。
たとえ10人しか見てくれなくても、10人には伝わるわけだから。
マーケティングの心得の一つに、「客は店や接客が気に入れば10人に話す」というのがある。
口コミは馬鹿にできないのだ。
記事を見た10人のうち何人かが店に行き、それぞれ10人に話すとしたら。
悪くない効果じゃない?
心得には続きがある。
「しかし、気に入らないと100人に話す」
人の口に戸は立てられないってわけですね。
まあそれもどんまいどんまい。人の噂も75日と申しますから。。。
※パーティー記事の後、お店の案内以外を新着に載せるのを中止した。
以前から「こんなブログを公開する意味があるのか」と考えていたので、ちょうどいい。
「こんなブログ」でも写真が入ると200前後のアクセスがあるので、気がひけていたのだ。
こんなオプションがあるとは知らなかったが、便利な機能だね。
どこまで続くかわかりませんが、もうしばらくは書いて行くと思います。
スタイリスト気取りで何の真似だと思われるかもしれないが、あれは恩返しのようなものだ。
こんな素敵なものが無料でもらえた。
こんな可愛いものがとても安価で買えた。
私はそれらをクリエイターからの恩恵だと思っている。
だから借りを返すために書いている。
個人的な借りがある時にも書く。この場合は感謝の証しだろうか。
あとは……見え見えのキャンペーン記事ね(笑)。課題だと思って書いてます。
最初は勝手がわからなかったけど、最近は私なりのアプローチで書いているつもりだ。だからちょっと時間かかるけど、ついでにお散歩できるし、一挙両得。
新着を見るとその話題でいっぱいになっているのが笑える。微笑ましいです。
これもソラマメ名物ってことで私は楽しんでる。
書きたくない人は書かなきゃいいんだし、どうのこうの言わず、みんなでトクすればいいじゃん。
さて、お店案内の話題に戻る。
安価でよい物を提供しているクリエイターが、SL内でそれなりの評価と報酬を受け取るのは正しいことだ。
どんどんメジャーになって正当な対価を得るべきなのだ。
でもお店の存在が周知されなかったら、ターゲット層の人がお店にたどりつくことができない。
私は物事が正しい方向に流れればいいと思って書いている。それだけだ。
たとえ10人しか見てくれなくても、10人には伝わるわけだから。
マーケティングの心得の一つに、「客は店や接客が気に入れば10人に話す」というのがある。
口コミは馬鹿にできないのだ。
記事を見た10人のうち何人かが店に行き、それぞれ10人に話すとしたら。
悪くない効果じゃない?
心得には続きがある。
「しかし、気に入らないと100人に話す」
人の口に戸は立てられないってわけですね。
まあそれもどんまいどんまい。人の噂も75日と申しますから。。。
※パーティー記事の後、お店の案内以外を新着に載せるのを中止した。
以前から「こんなブログを公開する意味があるのか」と考えていたので、ちょうどいい。
「こんなブログ」でも写真が入ると200前後のアクセスがあるので、気がひけていたのだ。
こんなオプションがあるとは知らなかったが、便利な機能だね。
どこまで続くかわかりませんが、もうしばらくは書いて行くと思います。
2007年11月29日
そして僕は途方に暮れる
私はとても不器用で、「困るなあ、いやだなあ」と思いながら上辺だけの付き合いを続けるとか、なあなあで物事を済ませるということがきわめて困難だ。
いくら好きな相手でも伝えなきゃいけないことはあるし、むしろ相手との関係を大事にするのならどんどん伝えるべきだ。
そこから理解は始まるのだし、好きな相手とは相互理解を深める努力をすべきだろう。お互いに。
たとえば大好きな相手が、私の何かに我慢して交流を続けているとしたら。
そんなの嬉しくもなんともない。ひどい話だ。相手は私に対して誠実ではなかったのだ。
解決できないことだったとしても話せばいい。
その結果「じゃあもう一緒にいられない」という結論が出てもそれはそれでいい。
魚と猫は住む場所が違うし、自分が猫で相手が魚だとわかったら、別々に生きるべきなのだ。
だけど猫はときどき、「そういえば私には仲のよい魚がいた」と懐かしく回想するだろう。
相手を尊重するからこそ別々にいる。それはとても懸命で、素晴らしい分別だ。
あたりさわりのないおつきあいを延々と続けるよりも、もっと美しくて深い。
しかし、たいていの人は何かを言われた時点でひくね。
そこまでして私と相互理解を深めたくなかったらしい。じつに申し訳ない。
ひかない人もたまにいて、しばらく気まずくなったりするけれど、そういう相手こそ交流を続ける価値がある。
意見が衝突したり、傷つけ合ったり、それでもその人にこだわりがあって、仲良くしたいと思うならそうすればいい。それが人と向き合うということだと思う。
言いたいことも言わないで社交辞令を続けて何が楽しいのだろう。
SLでももちろんそう。
シムを買って独占使用して、外界との接触は買い物だけという状態ならこの限りではないけれど。
そんなこんなで、めんどくさいことにならないように、私はSLの人間関係をできるだけ広げないようにしているところがある。
私は自分がないがしろにされるのが大嫌いだ。ないがしろにされたと思ったらもう近づかない。お互いに時間の無駄だからだ。
だから相手もないがしろにしたくない。
しかし時間にも人数にも限度がある。ならば相手を厳選するのは当然のこと。うかつにフレンド登録のお願いはできないと思っている。大好きな相手ならなおのこと。
それでもめんどくさいことは次々に起こる。
うぜーな、気に入らないならフレンド解除しな。
だいたいそっちが申請してきたんだろうが。
もう放置放置。
なんて、心の中ですべてをなかったことにしてしまえれば楽なのだろうけど、そうできない自分がいる。
セカンドライフはちっともセカンドライフじゃない。リアルライフの一部。
書きながらテレビのチャンネルを変えたら、デヴィッド・ボウイのプロモが流れていた。
若い頃の彼はごっつう美人で、歯並びが悪かった。今も悪い(笑)。
彼は自分の半生をあるインタビューでこう語っている。
「僕はいつも煽動者であり続けた」
そして別のインタビューで、
「あなたの言動はすべてあなたにとって真実でしたか?」
と尋ねられて、答えたのだ。
「扇動的な発言以外はね」
素敵です。さすがボウイ。
今日のブログタイトルは90年代の流行歌の一節。
ひとつ残らず君を悲しませないものを
君の世界のすべてにすればいい
そして僕は途方に暮れる
(1992年「そして僕は途方に暮れる」作詩:銀色夏生 作曲:大沢誉志幸)
そういえばこれは銀色夏生の詞であった。どおりで好きなはずだ。
私は彼女のウォッチャーで、公私ともに気になる存在。著作はほとんど読んでいる。
彼女の詩集のレビューが某紙面に採用されたこともあったな、ふと思い出したけど。
どんな人かっていうと、短くは語れないので興味があったら各自調べてください。
毎月のように私は誰かとさよならしているのだが、今月もそうだ。
SLはじめて四ヶ月もたつのに、私もいつになったら学習するのやら。
そして
僕は途方に暮れる
いくら好きな相手でも伝えなきゃいけないことはあるし、むしろ相手との関係を大事にするのならどんどん伝えるべきだ。
そこから理解は始まるのだし、好きな相手とは相互理解を深める努力をすべきだろう。お互いに。
たとえば大好きな相手が、私の何かに我慢して交流を続けているとしたら。
そんなの嬉しくもなんともない。ひどい話だ。相手は私に対して誠実ではなかったのだ。
解決できないことだったとしても話せばいい。
その結果「じゃあもう一緒にいられない」という結論が出てもそれはそれでいい。
魚と猫は住む場所が違うし、自分が猫で相手が魚だとわかったら、別々に生きるべきなのだ。
だけど猫はときどき、「そういえば私には仲のよい魚がいた」と懐かしく回想するだろう。
相手を尊重するからこそ別々にいる。それはとても懸命で、素晴らしい分別だ。
あたりさわりのないおつきあいを延々と続けるよりも、もっと美しくて深い。
しかし、たいていの人は何かを言われた時点でひくね。
そこまでして私と相互理解を深めたくなかったらしい。じつに申し訳ない。
ひかない人もたまにいて、しばらく気まずくなったりするけれど、そういう相手こそ交流を続ける価値がある。
意見が衝突したり、傷つけ合ったり、それでもその人にこだわりがあって、仲良くしたいと思うならそうすればいい。それが人と向き合うということだと思う。
言いたいことも言わないで社交辞令を続けて何が楽しいのだろう。
SLでももちろんそう。
シムを買って独占使用して、外界との接触は買い物だけという状態ならこの限りではないけれど。
そんなこんなで、めんどくさいことにならないように、私はSLの人間関係をできるだけ広げないようにしているところがある。
私は自分がないがしろにされるのが大嫌いだ。ないがしろにされたと思ったらもう近づかない。お互いに時間の無駄だからだ。
だから相手もないがしろにしたくない。
しかし時間にも人数にも限度がある。ならば相手を厳選するのは当然のこと。うかつにフレンド登録のお願いはできないと思っている。大好きな相手ならなおのこと。
それでもめんどくさいことは次々に起こる。
うぜーな、気に入らないならフレンド解除しな。
だいたいそっちが申請してきたんだろうが。
もう放置放置。
なんて、心の中ですべてをなかったことにしてしまえれば楽なのだろうけど、そうできない自分がいる。
セカンドライフはちっともセカンドライフじゃない。リアルライフの一部。
書きながらテレビのチャンネルを変えたら、デヴィッド・ボウイのプロモが流れていた。
若い頃の彼はごっつう美人で、歯並びが悪かった。今も悪い(笑)。
彼は自分の半生をあるインタビューでこう語っている。
「僕はいつも煽動者であり続けた」
そして別のインタビューで、
「あなたの言動はすべてあなたにとって真実でしたか?」
と尋ねられて、答えたのだ。
「扇動的な発言以外はね」
素敵です。さすがボウイ。
今日のブログタイトルは90年代の流行歌の一節。
ひとつ残らず君を悲しませないものを
君の世界のすべてにすればいい
そして僕は途方に暮れる
(1992年「そして僕は途方に暮れる」作詩:銀色夏生 作曲:大沢誉志幸)
そういえばこれは銀色夏生の詞であった。どおりで好きなはずだ。
私は彼女のウォッチャーで、公私ともに気になる存在。著作はほとんど読んでいる。
彼女の詩集のレビューが某紙面に採用されたこともあったな、ふと思い出したけど。
どんな人かっていうと、短くは語れないので興味があったら各自調べてください。
毎月のように私は誰かとさよならしているのだが、今月もそうだ。
SLはじめて四ヶ月もたつのに、私もいつになったら学習するのやら。
そして
僕は途方に暮れる
タグ :デヴィッド・ボウイ


